堺の歴史ある街道「長尾街道」を、実際に走りながら辿るシリーズの第1回です。今回は、紀州街道(大道筋)付近から北三国ヶ丘交差点までの約2.1kmを紹介します。
長尾街道
長尾街道とは?
長尾街道は、大阪・堺と奈良県当麻町を結ぶ歴史ある街道で、古代には「大津道」、江戸時代には「大和街道」とも呼ばれていました。
堺の港町としての繁栄を支え、摂津・河内・和泉・大和・紀伊へと物資が行き交った重要なルートです。
今回のルート
今回のルートは、紀州街道と長尾街道が交わる地点を起点に、北三国ヶ丘交差点付近に至るコースです。地図上では少し迂回しているように見える部分がありますが、実際は直進しています。
出発地点の様子
長尾街道の案内板を探しながら海側へ進んでみましたが、南海本線・堺駅横のバス待機所で行き止まりとなりました。周辺を確認しましたが、長尾街道の案内板は見当たりませんでした。
そのため、紀州街道(大道筋)との交差地点に戻り、ここをスタート地点としました。近くには紀州街道の案内板があり、地図には長尾街道も記載されているため、ここが起点と思われます。


ルート途中で見られる歴史スポット
● 明治天皇御駐蹕之跡
長尾街道沿いには、明治天皇が立ち寄られたことを示す石碑があります。

● 堺紡績所跡
日本で2番目に設立された洋式紡績工場の跡地を示す案内板があります。堺の産業史を知る上で貴重な場所です。

● シマノ創業者・島野庄三郎の石碑
自転車部品メーカー「シマノ」の創業者を記念した石碑もあり、堺が自転車産業の街であることを実感できます。

街道の道標を辿る
阪神高速15号線をくぐると、長尾街道の道標が現れます。 さらに南海高野線の線路下の人道トンネル付近にも道標があり、街道の歴史を感じながら進むことができます。
途中には「千利休と長尾街道」と刻まれた石碑もあり、堺の茶の湯文化とのつながりも垣間見えます。

長尾街道の道標がありました。

南海電鉄高野線の線路の下をくぐる人用のトンネルを越えた所にも道標がありました。

そのまま進むとまた道標が出てきました。

少し進むとまた道標がありました。

すぐ近くに「千利休と長尾街道」と彫られた石碑がありました。

方違神社
ルート途中には方違神社があります。今回は鳥居のみの紹介ですが、過去の記事で詳しく紹介していますので、興味のある方はそちらもご覧ください。

今回の到着地点
北三国ヶ丘交差点付近にある長尾街道の道標をゴール地点としました。
ここから先は次回の記事で紹介します。

今回のランニング距離
| 日付 | 2025/7/20 |
| 距離(km) | 2.1 |
膝の痛み対策として、骨盤が後傾しないよう意識し、太ももをしっかり上げるフォームで走っています。両膝を近づけるように走ると痛みが出にくいため、しばらくこのフォームで様子を見たいと思います。
まとめ
長尾街道は、歴史的な石碑や道標が多く残る魅力的なルートでした。短い距離でも見どころが多く、堺の歴史を感じながら走れるおすすめのコースです。次回は北三国ヶ丘交差点からさらに北へ進みます。
👉「長尾街道を走って巡る!②」はこちら


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