まだまだ暑いですが、みなさんいかがお過ごしでしょうか?
今回は紀州街道の2回目です。
コースは下の地図のルートです。
1回目の時は、竹内街道と西高野街道の出発地点の交差点(大小路)の付近から南へ下りましたが、今回は北の方へ辿ってみたいと思います。
出発点は前回と同じなので最寄り駅は阪堺電車の大小路駅か南海本線の堺駅です。
街道のランニングは普段のランニングコースとは違い、古い町並みが続く箇所がところどころに有り、まるでタイムスリップしたような感覚を味わえ、とても気に入っています。
紀州街道
今回の出発地点
竹内街道と西高野街道の出発地点の交差点(大小路)を今回の出発点として紀州街道(大道筋)を北上しました。

出発点近くに有る紀州街道の道標です。前回(1回目)の時の出発点の写真のものと同じ道標です。
下の写真は出発点から紀州街道を進む方向(北方向)へ見渡したところです。

ルート途中
長尾街道の時にも載せた案内板がありました。
”堺のまちでは漁港を中心としていたころ、魚などと農産物とを交換していました。その後、南ばん貿易などで日本一の港町として栄え、商業の中心地、物資の集まるところとなりました。この堺を中心に、摂津、河内、和泉、大和、紀伊へと通じる街道が発達しました。”とのことです。


以前紹介したザビエル公園が見えます。

紀州街道の道標が何か所かありました。


小西行長屋敷跡の道標がありました。
”行長は、豊臣秀吉に信任され、戦功をたてた結果、天正16年(1588)肥後国宇土14万6千石の領主となりました。”とのことです。




地蔵盆の時期なのでお地蔵さんに提灯が飾られていました。

郷学所跡です。以前紹介したところなので写真だけ載せておきます。



さらに進むとまた道標がありました。



大道筋の広い道はここまでです。この先は細い道になります。



榎並屋荏勘左衛門、芝辻理右衛門屋敷跡がありました。ここも以前紹介しましたが位置関係が分かっていませんでした。紀州街道沿いにあったのですね。







河井酔茗生家の跡の道標がありました。
堺の詩人だそうです。


この辺りが紀州街道の堺の入口だったようです。

”紀州街道の堺入口には、復活した環濠に架かる橋と大きな門があり、高札場がありました。”とのことです。高札場とは江戸時代に幕府や領主が法令などを庶民に周知するために人通りの多い場所に設置した掲示板施設だそうです。


風間寺
さらに進むと風間寺というお寺がありました。



古い建物があります。


もうすぐ大和川というところに紀州街道の道標がありました。




この坂を上ると大和川が見えてきます。
今回の到着地点
今回の到着地点の大和川との交差付近です。この橋を渡ると大阪市です。

この川が大和川です。

朝日です。雲がかかっていますが、少し幻想的だったので写真をとりました。

今回はここまでとなります。
また、次回この場所から橋を渡って大阪市方面に進みたいと思います。
今回のランニング距離
| 日付 | 2025/8/23 |
| 距離(km) | 2.2 |
まとめ
今回も歴史的な建物が多くありました。
次回は大和川を渡って大阪市方面をランニングしたいと思います。


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