土居川公園・鉄砲鍛冶屋敷周辺ランニング

堺市の中心部にある土居川公園〜鉄砲鍛冶屋敷周辺は、歴史と自然が同時に楽しめるランニングコースです。 この記事では、土居川公園の特徴、鉄砲鍛冶屋敷の歴史、実際に走ってみた感想を
まとめて紹介します。 堺の街を「寄り道しながら走りたい人」にぴったりの内容です。

土居川

土居川公園

中世の頃、この自由都市(堺)は周囲に環濠をめぐらせ、土居を築き、外からの侵入に備えていました。この環濠土居跡に沿って続く約4haの公園が土居川公園だそうです。

土居川公園は、道路環境施設帯(緩衝緑地)としての機能を合わせもつ緑地だそうです。

緑が多く走りやすく、ベンチや広場が有り休憩しやすいです。朝ランは特に静かで気持ちいいです。

下の写真は土居川花壇(花時計)です。

花時計は、1969年に仁徳天皇陵古墳の前方後円墳を形どり、その周囲を四季折々の草花でデザインされた花壇に囲まれた時計として、長年親しまれていたそうです。しかし、老朽化に伴い2012年に時計機能が維持不能となり、継承手段を模索した結果、堺市のシンボルの市章をモチーフとした立体花壇として、2016年に新しい土居川公園の顔として再生したそうです。

近くの歩道橋から撮影した花時計の写真です。
土居川公園の説明板です。
土居川公園の説明板の拡大写真です。

土居川公園の説明板です。

平安時代後期にはじめて「さか井」の名が、文献資料にみえ、塩湯浴が行われたことが知られているそうです。また、熊野詣での際には皇族や貴族が立ち寄ったことも記録にとどめられているそうです。
鎌倉時代には河内国南鋳物師が堺を拠点に西日本で活躍したそうで、この時期までには、市場・港湾の機能を備え発展しつつあったそうです。
南北朝時代から室町時代には経済的に飛躍的な発展を遂げ、中央の政治にまで影響を与えるようになったそうです。「堺」をめぐり、周辺は争乱の舞台となり、応永の乱(1399年)では堺の町自身も1万戸もの家屋が焼失したと言われているそうです。
日明貿易やその後の南蛮貿易で富を蓄えた豪商たちは、「会合衆」を構成し、町の自治を行ったそうです。堀が巡り、自治の行われるのを見た宣教師は、堺を「東洋のヴェニス」と称したそうです。
町の自治を担った豪商たちは、戦国大名の軍資金あるいは鉄砲をはじめ物資の調達役として重要な役割を果たし、その命運さえも左右したそうです。一方、戦乱の都を逃れた多くの貴族・僧侶・手工業者などが集まり、茶道をはじめとして現代に通じる様々な文化をも生み出したそうです。

土居川公園内にある説明板です。
説明板の内容が分かる様に拡大して撮りました。
この地図も説明板のものを拡大しました。
土居川公園の遊歩道と桜並木の風景です。

極楽橋です。

土居川公園内に移設された極楽橋です。
極楽橋の拡大写真です。

宿屋町東と神明町東との境界付近の土居川に架けられていた石橋だそうです。

農人町井です。

土居川公園に有る農人町井の道標です。
土居川公園に有る農人町井です。

大干ばつになっても枯れない井戸水として著名なものと記されているそうです。

鉄砲鍛冶屋敷など

榎並屋勘左衛門、芝辻理右衛門屋敷跡

榎並屋勘左衛門、芝辻理右衛門屋敷跡です。

榎並屋勘左衛門、芝辻理右衛門屋敷跡の写真です。
榎並屋勘左衛門、芝辻理右衛門屋敷跡の案内板の写真です。

鉄砲鍛冶屋敷

鉄砲鍛冶屋敷の入場案内です。
鉄砲鍛冶屋敷の外観です。

山口家住宅

山口家住宅の入館案内です。
山口家住宅の外観です。

今回のランニングコースの感想

今回のコースは「走る」というより “寄り道しながら散策するランニング” に近い楽しさがありました。

  • 公園内はフラットで走りやすい
  • 歴史スポットが多く、飽きない
  • 車通りが少ない区間が多く安心
  • 観光と運動を同時に楽しめる

特に鉄砲鍛冶屋敷周辺は、堺の歴史が濃く残っていて、走りながら学べるのが魅力です。

今回のランニングデータ

日付2024/12/14
距離(km)8.67
時間(h:m)1:43
平均速度(km/h)5.1
燃焼カロリー(kcal)852

まとめ

土居川公園〜鉄砲鍛冶屋敷周辺は、
「短時間で歴史と自然を楽しみたいランナー」 に最適なコースです。

堺の魅力を感じながら走れるので、ぜひ一度訪れてみてください。

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